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【其の一】
月江禅師の木像の
かたなきず

さいたま市の大成にある普門院は、応永三十三年(1426年)に月江禅師(げっこうぜんじ)というお坊さんが開いた古いお寺です。このお寺には、今でも、月江禅師の木造がまつられています。

むかし、平方(埼玉県上尾市)に住むある男が、与野(よの)の宿(埼玉県与野市)の夜の市に行って買物をすませ、水判土観音(埼玉県大宮市)の近くにさしかかりました。すると、暗やみの中から、とつぜんとうぞくがあらわれて、男に刀をつきつけました。

「さわぐな。あり金みんなおいていけ」

「金は、金はみんなやる。命ばかりは助けてくれ」
 男はふるえる手で、すところから金を出してたのみました。

「こ、これでぜんぶです。命ばかりはお助けを!」

「なんだ! これっぽちしか持っていねえのか」

とうぞくは男からお金をひったくると、
「後で役人にうったえられてはめんどうだ。かわいそうだがあの世へ行ってもらう」と、刀をふりかぶりました。

男は、「だ、だ、だれか、助けてくれえ」とさけんで、へたへたとすわりこんでしまいました。とうぞくが、刀をふりおろそうとしたそのとき、とうぞくの目の前に大男がぬっとあらわれて、両手を広げて立ったのです。

「だれだ、じゃまだてするとたたききるぞ」

とうぞくは、大男めがけて刀をふりおろしました。刀は、大男のどこかに当たったらしく、カチッと音を立てましたが、そのままポキリと、二つにおれてしまいました。

「しまった!」

とうぞくは、刀をほうり出して、暗やみの中へいちもくさんににげていきました。

男は、しばらく何事が起こったかわけがわからずぼうぜんとしていましたが、大男が自分を助けてくれたことに気づき、急いで立ち上がって、命の恩人に深々と頭を下げて、お礼をいいました。

「どなたかぞんじませぬが、あぶないところを助けていただき、ほんとうにありがとうございました」

大男は、ことばが聞こえたのか、聞こえないのか、何もいわずにスタスタ歩き出しました。男は、あわてて追いかけながら、「どなたさまでしょうか。お名前を教えてください。お礼を申し上げたいのですが……」といいましたが、大男は、返事もせずにどんどん先へ歩いていきます。

男は、しかたなく、後からついていきました。大男は、大成の田んぼの方へ進み、普門院の前まで来ると、すっと門の中に入っていき、境内に消えてしまいました。

「おや、ここは、いつもおまいりに来る普門院さまだ。ここに、あんな大男のお坊さんがいたかな。でも今夜はもうおそいし、家の者も心配しているだろう。お礼はあしたにして、今夜はひとまず家に帰るとしよう」と、男はわが家へ向かって歩いていきました。

 よく朝、男は、夕べのお礼をいおうと、やさいなどのみやげを持って、普門院をおとずれました。

 まずは佛さまをおがんでからと思い、本堂の月紅禅師の木像の前に立った男は、アッとおどろきの声をあげました。木像のかたのところに、新しい刀のきずがついていたのです。

 「ああ、このきずは……。夕べわたしを助けてくださったのは、月紅禅師さまだったのですか。ありがたや、ありがたや」と男は佛さまに何度もお礼をいいました。

 今でも、禅師の命日に、月紅禅師の木像のかたのきず口にぬれ手ぬぐいを当てると、血がにじんでくるといわれています。

(埼玉県郷土の民話研究会 編)

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